“Offline is the New Luxury.”

 

“Offline is the New Luxury.”

ある日僕はたまたまこの言葉に出会い、心で納得をしました。

僕がこの言葉から感じるのは、現代のオンラインを渇望することへの皮肉です。

いつからか、人々の生活領域はオンラインに移行し、自分の足や五感を使って何かに着手することにはわざわざ感が出てしまっているような気がします。しかし、わざわざ行うことによってプロセスが生まれ、その中から偶然的な出会いや発見が生まれるのだと思います。

私事ですが、つい先日まで大学のワンダーフォーゲル部に所属し日本全国の山を登っていました。そこで、自分の手で、足で、五感で自然を感じ、未知に踏み込むことの素晴らしさを実感しました。

風雨の中登った谷川岳では、人間の圧倒的な弱さを感じ、ヒグマの多い知床半島羅臼岳では自然の物騒さに恐怖心を抱きました。どちらもわざわざ体験することではありませんが、僕にとっては生まれて初めてを感じた貴重な瞬間でした。

また、遠方での合宿では、地方の人々に何度も助けられました。見ず知らずの僕らを心配してくれ、時には差し入れをいただき、人の温かさやそこから生まれるポジティブなエネルギーに心を動かされました。これらも、重い腰を上げ、重い荷物を背負い外に出なければ出会えなかった感動です。

上述のように、ワンダーフォーゲル部での活動は何かとわざわざしていて、それに対する対価を自分の五感を通して拾っていくようなものでした。

登山は単なる一例ですが、僕はこのようなわざわざしたオフライン体験が大好きです。

何故なら、大袈裟に動き回ることで生きていると客観的に実感するからです。

わざわざ喫茶店に行き、わざわざ友達と話す。わざわざ本屋に行き、わざわざ重い本を買う。このわざわざさに生き物としての必死さを感じるのです。

スマホ一台で何でも出来るようになった時代にこそ、オフライン体験に非日常感や特別感が生まれるのだと思います。

九月になっても夏の暑さは残りますが、わざわざ喫茶店で、わざわざ手作業で淹れた珈琲を飲むこともオフラインの妙です。

そんな、わざわざに溢れる喫茶店でオンライン逃避行を楽しんでいただけたらと思います。

学生スタッフ大原

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